わたしがサボールを開けるのはね

アヤさんです。
わたしはサボールのゆるーっとしたところがとても好きです。
結構、最初からそうでしたw
あんまり構えてなくて、いい意味で雑で(ほんと、いい意味でw)
そんなところが、私にぴったりでした(笑)

あいてはいるものの、ゆるーっとふわーっとしているので、いつが開いているのか、あまりよくわからなくて、それなら、私が開ける人になりたいなぁと立候補したのでした。

それからも、開いてはいるけど、なんのイベントもなかったり(笑)あまりに人が来ないので(笑)ワークショップ的なことを多発したり(笑)お惣菜を量り売りしたり。
いろいろ試行錯誤しながら、現在に至りますw



なんで、開けるのか…

子育てが始まったときに、ものすごい情報の渦に巻き込まれてしまってw
「良い」とされることが本当に多すぎて、どうしたらいいんだか、分からなくなる自分がいました。
「早期教育」も「生きる力をはぐくむ」もベクトルの向かう方向は違うのにすべて「良いこと」に見えました。どっちもやらなきゃいけないとも思ってしまいました。(余談ですが、コミュニケーションツールとして「おかあさんといっしょ」も「アンパンマン」も見なくてはいけないものと思っていました…なぜだ…)

そして、都心に住んでいたというのもあって、いつもアンテナを立てていないと乗り遅れるという危機感もありました。「お!これは!」と思ったイベントはだいたい予約制、定員制で気が付いた時にはもう一杯。いいなぁと思う事や物に出会うために、見ていなきゃいけないのは我が子じゃなくて、パソコンの画面(当時はスマホがなかったのでね…)予約ができたとしても、幼い子はいろんなことが突発的に起こったりしがち…。せっかく予約したって行けないことも、二度と出会えないことも…ありました。そんなことにいちいちがっかりして、落ち込んで、誰かや何かにあたったり…そういうの嫌だなぁとずっとずっと思っていたのです。行きたいものには行きたいし、できれば、もっと、敷居が低くあったらなぁと。

縁あって、原っぱ大学で働くことになり、古民家を借りてみんなが集える場所に…みたいな流れになり、しばらくして、「わたし、ここでドアを開けておく人になりたい」とお願いしました。

それは、妊娠中、育児中とか介護中とか、学校苦手とか、なんにもしてないとか、いろーんなことで忙しかったり、気持ちがあたふたしたり、焦らされたり、そんな中で、ふらっと行っても、邪魔されない邪魔しない、予約してなくてもいける、ドアが開いている場所になりたかった。

いろんな人がいて、いろんな考え方があって、何でもいいけど、何でもよくなくてw「予約しなくてもいける場所」それを目指したかった(笑)

だから、洗練されているかっていうと首をかしげちゃうし、機能的かっていうとそうではないけれど、そんな私がやってるからこそ、足りないを不便じゃなくて、楽しんだり、「まぁ、いっか…」と思える、「まぁいいか」であふれてる場所を目指して、「特に用はないけど、開いてるから行くか」「どこかに行きたいけど、どこかに行く用事もない、でも家から出たい」そんな時に行ける場所に、そして、ドアを開いたら誰かがいる、そんな場所になっていければいいなぁと、ドアを開けているのです…。

いつか、ガラガラっとサボールのドアを開けてね。

原っぱ大学サボール

日常にヒマを、余白を サボールを!

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